私達は死をとても軽く、そして簡単には描きたくなかったのです。
ダメージはリアルで挑戦的なものとなり、死を出来るだけ不快なものとする事で、私達はプレイヤーの行動をより慎重にしたいと思っています。あなたは弾丸が行き交うオープンフィールドを走り抜けるという事は無いでしょう。ゲームがそう教えてくれます。
09年秋にPC、PS3、360で発売予定の「OPERATION FLASHPOINT: DRAGON RISING」
オールドゲーマーにとってはFPSの名作の続編と言うことで、そうでない人にとっても、リアル系ミリタリーFPSの大作として、注目を集めている作品です。
その話題作のプロデューサーが「ダメージ表現」について述べたのが冒頭の言葉。
『Operation Flashpoint: Dragon Rising』は現実的なダメージ表現を追求 これに関しては、素直に「なるほどなー」と受け取りました。
僕は海外ゲーのエグい暴力表現とかキライで、できればやめて欲しいとは思っていますが、少なくともも大人になるまでに「人が戦争で死ぬシーンはエグい」ってのは何度か見せつけられているわけです。
CEROあたりだと「血が出るシーンは年齢制限」みたいなくくりがありますが、子供には「人が死ぬときに血が出まくる」のを見せないんじゃなくて、まず最初に「死ぬときは血は出るし、ものすごく気持ち悪い」ってのを教えておかないと、かえってよくないんじゃないですかね。
いっそトラウマになるぐらいの勢いできっついシーンを見せつけないと、戦争が酷いものだって認識できないのでは、と思います。
スタイリッシュな暴力シーンや痛そうでもなんともない暴力シーンは、「実はそうではない」って想像できるだけの下地がないと、ただの暴力賛美だし。
このゲームでの「死を軽く扱いたくない」というのは、あくまでゲーム的な部分で「死をおそれずに向こう見ずな行動を取って欲しくない」というニュアンスのようなので、戦争や暴力の善悪について語っているワケではないようです。
もっとも、仮にこのゲームで「戦争における暴力や死の本質」を描こうとしても、普通の人から見れば「戦争で銃を撃つという行為を娯楽化している」としか見られないのが現実でしょうけど。
未来的な可能性としてはともかく、少なくとも現状では、「ゲーム」は映画や小説、さらにはマンガと比べて「文化」というよりは「遊び」でしかないですから。
ゲームが「表現するメディア」として認められるようになるには、もう少し時間が必要だと思います。
(なお僕個人は仮にゲームが遊びでしかないとしても、「戦争を遊びにするな!」とか言う気は毛頭ないんです。むしろどんどん遊ばせろ、みたいな…。最低限、戦争や暴力を「ゲームとして割り切るだけの感性」が、作り手にも遊び手にもあればいいかな、と思っています) まぁゲームとしてだけ見ると、弾幕の中に突っ込んで2,3発食らっても平気な上に、ちょっと隠れていればすぐ回復しちゃうゲームよりは、あっさり死んじゃうぐらいの方が緊張感があって好きです。
前作の「OPERATION FLASHPOINT」はそんなゲームだったので、新作にも大きく期待したいところです。